皆さんこんにちは。健康栄養学科所属で共通教育の生理学を担当している八坂です。
このブログをご覧になる皆さんは、きっと食べ物や食べること、さらには味にも興味があることでしょう。
突然ですが、トウガラシを食べた時に感じる辛さは味ではないって、知っていますか? 意外に思う人も多いかもしれませんね。
では、ミントを食べた時に感じるスースーとした感じはどうでしょうか?
2021年のノーベル賞は、トウガラシやミントに反応する神経を明らかにした研究者に授与されました。
皆さんもきっとニュースなどでご覧になったのではないでしょうか❓
「自分の見たニュースとちょっと違う❓」と思っている人もいるかもしれませんね。ニュースでは、痛みや熱の感覚と紹介されていたかもしれません。
今回のブログでは、感覚について、その中でも味覚について、そして、スパイスやハーブの感覚について紹介してみたいと思います。
まず、感覚と聞いて、皆さんはどのようなことを思い浮かべるでしょうか❓
五感というのがありますね。精選版 日本国語大辞典によると、「五感は、目、耳、鼻、舌、皮膚の五官を通じて外界の物事を感ずる視、聴、嗅、味、触の五つの感覚」となっています。
味は舌で感じられますが、舌の中でも味を感じる部分(味覚の受容器)は味蕾と呼ばれます。
さらに味蕾の中には、味細胞という細胞があり、味を生じるような化学物質と結合する受容体を持っています。
現在、味とは味細胞によって感知されるものというのが定義となります。味細胞が感じるのは、甘味、酸味、塩味、苦味、うま味の5つであり、基本五味と呼ばれます。
余談ですが、しばらく前まではうま味以外の基本四味でした。うま味は後に加えられた訳ですが、日本人の研究者、池田菊苗博士により発見されました。
うま味とはいわゆるお出汁の味で、外国でもUmamiと表現されます。日本人が発見したというのは納得ですし、誇りに感じますね。
さらに余談ですが、最近脂味が新たに味の定義に一致することが報告されています。脂ののった魚や霜降りのお肉はとても美味しく感じますね。
料理に用いる油だけをなめても、味ははっきりしませんが、脂が含まれているお料理がおいしいことは皆さんも感じる事だと思います。
近い将来、基本六味と表現されることになるかもしれません。
本題に戻って、基本5味です。お気づきでしょうか❓ この中に辛みは含まれません。
また、他にもミント味とか渋みとかえぐみなどと表現されるいわゆる(日常的に用いる)“味”がありますが、これらも正式な定義では、味ではないことになります。
味は舌(だけ)で感じる訳ですが、その逆「舌で感じるのは味(だけ)である。」は、成り立ちませんね。
舌には食べ物のテクスチャーを感じることができる触覚もありますし、舌を噛んでしまったら痛いように痛覚も存在します。
アツアツのお鍋や冷た~いアイスを美味しく感じたりするのは温度を感じるからです。そのような味覚以外の感覚もたくさん存在していますね。
そのような感覚は口腔内一般感覚と呼ばれます。
一般感覚とは何でしょうか?ここで感覚のことをもう一度考えてみましょう。五感は視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚と表現されます。
一般的にはこのように表現される感覚の種類ですが、学術的にはちょっと違います。まず、大きく分けて特殊感覚と一般感覚に分かれます。
特殊感覚というのは読んで字の如く感覚の中でも特殊なものを指し、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、前庭感覚(平衡感覚)が含まれ、各刺激(光、音、におい物質、味物質、加速度)に特殊化した受容器が感覚を生じさせます。
例えば、目は光をとらえて視覚を生じる訳ですが、舌にいくら光をあてても何も感じることはありません。刺激と受容器の関係が“特殊“である訳です。
それに対して一般感覚は、ざっくり言うと皮膚感覚に代表されるような感覚を指します。
五感の中には触覚だけですが、痛覚や温覚、冷覚もあります。
痛覚は扉に指を挟んで痛い時もあれば、火傷するような熱で痛いことも、あるいは化学物質によって痛みが起こることもあります。
さて、トウガラシは一般に辛みの素として用いられるわけですが、感覚、特に痛覚の研究では、その主成分であるカプサイシンが痛みを起こす発痛物質であることが知られていました。
そのため痛覚の研究では化学物質による痛みの研究にカプサイシンが広く用いられていました。
カプサイシンがどうして痛みを起こすのか❓ その謎を解いたのが、2021年ノーベル賞受賞者の一人、デヴィッド・ジュリアス(David Julius)博士です。
博士は感覚神経で発現する遺伝子(タンパク質の設計図で多くの種類がある)を抽出し、それらにコードされたタンパク質を人工的に細胞に発現させ、カプサイシンに反応するために必要なカプサイシン受容体の遺伝子を特定しました。
この遺伝子から作られるタンパク質はイオンチャネルでした。
イオンチャネルとは、細胞膜に埋め込まれたタンパク質で、イオンを通す穴を形成します。
細胞膜は脂質で構成されているため、膜そのものをイオンは通ることができません。
しかし、イオンチャネルが開くことで、膜を横切ってイオンを通過させることができます。
カプサイシンの受容体の穴は普段は閉じていますが、カプサイシンと結合すると開いて(陽)イオンを通し、感覚神経を興奮させるのです。
カプサイシン受容体は今ではTRP(transient receptor potential)V1と呼ばれています。
英語では辛いことを“ホット”と表現することは、ご存知の方も多いと思います。ジュリアス博士は、TRPV1に熱を与える実験も行いました。
するとカプサイシンがなくとも43度以上になると、チャネルが開く(イオンを通す)ことがさらに分かったのです。
43度以上の熱は痛みを生じることが知られており、発痛物質としてのカプサイシンによる刺激だけでなく、熱による痛みの受容体としてもTRPV1が関与することが分かりました。
これらの発見により、疼痛の研究は飛躍的に進歩しました。
同様の方法でメントールに反応するために必要な遺伝子も見つかりました。
メントール受容体も涼しい(クール)くらいの温度に反応することが分かりました。
この受容体の構造もTRPV1とよく似ており、今ではTRPファミリーの1つ、TRPM8と呼ばれています。
他にもシナモンやワサビ、マスタードの成分に反応するTRPチャネルなど、このファミリーに属する多くの種類が見つかっています。
このように、学術的には厳密に味とは呼べないけれど、普段は味と思っている、辛みやミント味を感知する受容体に関する研究が、ノーベル賞を受賞しました。
食べ物に関わる勉強やお仕事をされている皆さんには、とても喜ばしいことではないでしょうか。